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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)921号 判決

上告人

福田か称

右訴訟代理人弁護士

井出正敏

玉利誠一

被上告人

岡野よ称子

右訴訟代理人弁護士

宮﨑富哉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人井出正敏、同玉利誠一の上告理由について

一  原審の確定した事実関係及び記録によって認められる訴訟の経過等の概要は、次のとおりである。

1  亡福田重作(昭和三七年四月二三日死亡)の相続人は、上告人(妻)、福田節子(長女)及び被上告人(次女)の三名である。

2  原判決別紙物件目録一及び二記載の土地(以下「本件土地」という。)は、重作が所有者の石川資子から賃借していた土地であるが、昭和三〇年一〇月五日に右土地につき同日付け売買を原因として石川から被上告人への所有権移転登記がされている。

3  上告人は、重作が死亡した後の昭和四六年、被上告人に対して、本件土地につき上告人が所有権を有することの確認及び上告人への所有権移転登記手続を求める訴えを提起し、その所有権取得原因として、上告人が本件土地を石川から買い受けた、そうでないとしても時効取得したと主張した。これに対し、被上告人は、本件土地を買い受けたのは重作であり、重作は右土地を被上告人に贈与したと主張した。

被上告人は、昭和五一年、本件土地上の建物の所有者に対し、所有権に基づいて地上建物収去・本件土地明渡し求める訴えを提起し、右訴えは上告人の提起した訴えと併合審理された(以下、併合後の訴訟を「前訴」という。)。

4  前訴の控訴審判決(以下「前訴判決」という。)は、本件土地の所有権の帰属につき、(1) 本件土地を石川から買い受けたのは、上告人ではなく、重作であると認められる、(2) 被上告人が重作から本件土地の贈与を受けた事実は認められない、と説示して、上告人の所有権確認等の請求を棄却し、被上告人の地上建物所有者に対する請求も棄却すべきであるとした。前訴判決に対して上告人のみが上告したが、昭和六一年九月一一日、上告棄却の判決により前訴判決が確定した。

5  前訴判決の確定後、重作の遺産分割調停事件において、被上告人が本件土地の所有権を主張し、右土地が重作の遺産であることを争ったため、上告人及び節子は、平成元年に本訴を提起し、本件土地は、重作が石川から買い受けたものであり、重作の遺産であって、上告人及び節子は相続によりそれぞれ右土地の三分の一の共有持分を取得したと主張し、本件土地が重作の遺産であることの確認及び右各共有持分に基づく所有権一部移転登記手続を求めた。

これに対し、被上告人は、前訴と同じく重作から本件土地の贈与を受けたと主張するとともに、上告人が相続による右土地の共有持分の取得の事実を主張することは、前訴判決の既判力に抵触して許されないと主張し、反訴請求として上告人が本件土地の三分の一の共有持分を有しないことの確認を求めた。

二  所有権確認請求訴訟において請求棄却の判決が確定したときは、原告が同訴訟の事実審口頭弁論終結の時点において目的物の所有権を有していない旨の判断につき既判力が生じるから、原告が右時点以前に生じた所有権の一部たる共有持分の取得原因事実を後の訴訟において主張することは、右確定判決の既判力に抵触するものと解される。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人は、前訴において、本件土地につき売買及び取得時効による所有権の取得のみを主張し、事実審口頭弁論終結時以前に生じていた重作の死亡による相続の事実を主張しないまま、上告人の所有権確認請求を棄却する旨の前訴判決が確定したというのであるから、上告人が本訴において相続による共有持分の取得を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものであり、前訴において重作の共同相続人である上告人、被上告人の双方が本件土地の所有権の取得を主張して争っていたこと、前訴判決が、双方の所有権取得の主張をいずれも排斥し、本件土地が重作の所有である旨判断したこと、前訴判決の確定後に被上告人が本件土地の所有権を主張したため本訴の提起に至ったことなどの事情があるとしても、上告人の右主張は許されないものといわざるを得ない。これと同旨の見解に基づき、上告人の所有権一部移転登記手続請求を棄却し、被上告人の反訴請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官根岸重治の補足意見、裁判官福田博の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官根岸重治の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見に同調するものであるが、反対意見にかんがみ、若干の意見を付加しておきたい。

一  特定の土地についての所有権の存否と当該土地の共有持分の存否との間には、その共有が相続による遺産共有であるとしても、訴訟物の同一性があるから、多数意見の説示するとおり、本件土地についての上告人の所有権確認請求を棄却する旨の前訴判決が確定したことにより、上告人が前訴の事実審口頭弁論終結時以前に相続により本件土地の共有持分を取得したことを本訴において主張することは、前訴判決の既判力に抵触すると解するほかはない。ところで、反対意見は、本訴における主張が前訴判決の既判力に抵触することは是認しながらも、既判力に抵触する主張であっても例外的にこれを許容すべき場合があり、本件は正にこのような場合に該当するというのである。しかし、私は、このような見解に賛同することはできない。

二  いうまでもないところであるが、確定判決の既判力(民訴法一九九条一項)とは、確定判決の内容について認められる拘束力であって、この既判力が生ずると、同一当事者間の後の訴訟において、裁判所は、前の訴訟の確定判決の主文に包含される判断(すなわち訴訟物に関する判断)と異なる判断をすることが許されないこととなる(同法四二〇条一項一〇号参照)。もし、確定判決にこのような効力があることを承認しないとすると、同一当事者間において同一の権利をめぐって訴訟が繰り返され、受訴裁判所ごとに相反する判断が下され得ることとなり、確定判決によっても紛争が最終的に解決されたことにはならず、国家が公権的法律判断を下して私人の紛争を強制的に解決するために設けた民事訴訟制度の目的に反することとなるのである。また、前の訴訟の確定判決に右のような効力を認めることは、その反面として、当事者が後の訴訟において当該確定判決の訴訟物に関する判断に反する主張をすることはでき得ないこととなるため、前の訴訟の原告としては、その訴訟においてこれと訴訟物を同じくする範囲では主張立証を尽くす必要を生じてくるのである。

ところで、既判力が及ぶ範囲を定めるものは訴訟物の概念であり、どの範囲で訴訟物の同一性を認めるべきかについては種々の議論があるにせよ、訴訟物の同一性がある範囲では既判力が及び、同一性がないものには及ばないと解すべきことについては、ほぼ異論がないところであろう。

したがって、上告人の売買又は取得時効による所有権の取得を主張する前訴請求と相続による共有持分の取得を主張する本訴請求との間に訴訟物の同一性があることを前提として、前訴判決の既判力が本訴における上告人の主張に及ぶことも認めながら、既判力に抵触する主張も例外的に許容されることがあるとする反対意見の見解は、民事訴訟制度の根幹にかかわる既判力の本質と相容れないものであって、到底容認することができないのである。

三  反対意見は、本件の具体的事情の下においては、被上告人が、紛争の解決についての合理的な期待を裏切って前訴判決の判断に従わず、遺産分割調停において本件土地の遺産帰属性を争うという信義則に反する対応をしたために、上告人が本訴の提起を余儀なくされたのであって、これを許さないとすることは条理に反するという。しかし、本件の個別的事情に基づく実質論をもって、既判力に抵触する主張であっても許容すべきであるとする見解が認められないことは二において述べたとおりであるが、私は、反対意見のいう実質論そのものにも、にわかに賛同することができない。

反対意見は、大要「共同相続人間の紛争において、甲、乙の双方がある土地を自己の所有であるとして争っている場合、甲や乙としては、右土地が被相続人の遺産であれば相続分に応じた共有持分を取得できることは十分承知しており、相続による共有持分では満足しない故に、自己にとってより有利な単独所有の主張をしているのが実情であり、また、仮に判決において甲、乙の土地所有権確認請求がいずれも棄却されても、判決において双方の所有権の主張に対する判断が示されたことにより紛争が解決されるのが通常であり、所有権の主張と併せて予備的に相続による共有持分の主張をしておかなくても、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないということができる。」旨の一般論を展開し、さらに、それを背景として、本件につき、「前訴の段階では、上告人が被上告人の本件土地の遺産帰属性を争うというような判決後の対立を予想することは困難であり、遺産帰属性をめぐる争いに備えて相続による共有持分の取得を主張することを要求するのは、酷に過ぎるものといわざるを得ない。」としている。

しかしながら、被上告人の本件土地を重作から贈与されたとの主張は、前訴において退けられはしたが、前訴判決は、重作が被上告人に対し、本件土地を贈与する意向を漏していたことは認められるが、贈与の確定的意思表示をしたとの点は、直ちに採用することはできない旨の判断をしていることからも、全く根も葉もないものではなかったことがうかがわれる等の本件経緯に照らせば、上告人と対立して、その主張を強く争ってきている被上告人が、前訴判決後本件土地についての上告人の共有持分を認めないような対応をするとは予想することが困難であったと結論付けることには疑問があり、また、そもそも本件土地が重作の所有であるとの判断は、前訴判決の理由中でされたもので、被上告人に対して拘束力をもつものではなく、それに反する言動があったからといって、それが信義則に反すると即断できるものでもない。

本件に関し、もし上告人が真に紛争の解決を念願しているのであれば、安易に上告人の期待するような被上告人の判決後の対応に頼ることなく、前訴において予備的に相続による共有持分の主張をすべきであったのに、最も有利な単独の所有権の主張に固執してそれを怠ったこと、前訴においては、重作が死亡した事実及び上告人らがその相続人である事実については当事者間に争いがなく、また、前訴判決は、本件土地は重作が買い受けたものであるとの事実認定の下に上告人の請求を棄却している点にかんがみると、上告人が予備的に共有持分の主張をしても、その立証に特段の負担を負うことにはならないことなどを勘案すると、前訴の段階において、上告人に相続による共有持分の取得の主張をすることを要求するのが酷に過ぎるものとはいい得ない。

なお、反対意見は、「本件のような諸事情の下において、上告人の本件主張は許容されるべきであると解しても、上告人に同一の紛争の蒸し返しを許すことにはならず、前訴判決との間で実質的な判断の矛盾抵触を来すことにもならないから、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものではない。」旨主張するので、念のため付言するが、既に述べたところからも明らかなように、前訴判決の既判力に反するため、本来許されない本件主張をして、あえて訴訟を提起し、裁判所に前訴により確定された内容と異なる判断を求めることこそ、正に既判力の容認しない同一の紛争を蒸し返し、前訴判決の判断と矛盾抵触する判断を求めることに該当するもので、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものといわざるを得ない。

右のとおり、上告人が本件訴訟を提起するに至ったことについては、被上告人にその非が全くなかったとはいえないとしても、むしろ上告人の責めに帰すべきところが少なくないのであって、実質的にみても、上告人側に本件訴訟の提起を正当化し得る程の諸事情があるとは到底考えられないのである。

裁判官福田博の反対意見は、次のとおりである。

本件の争点は、前訴で所有権の確認を求めて敗訴した上告人が、本訴において前訴の事実審口頭弁論終結時以前に生じた相続による共有持分の取得の事実を主張することが許されるか否かであり、多数意見は、上告人の右主張が前訴判決の既判力に抵触して許されないとするものである。しかし、私は、以下に述べる理由により、多数意見には賛成することができない。

一  本件は、共同相続人間で土地の所有権の帰属が争われた事案である。そこで、共同相続人間における財産の帰属をめぐる紛争がどのような形で争われ、訴訟・判決によって解決されるか、また、右紛争の中で相続による共有持分の存否が訴訟で争われるのはどのような場合かを検討する。

1  まず、ある土地について共同相続人甲は遺産であると主張し、共同相続人乙は自己の所有であると主張して、右土地が被相続人の遺産に属するか否かが争われる場合が考えられる。この場合、甲は、乙との間で右土地が被相続人の遺産に属することを確定するために、右土地につき相続による共有持分の取得を主張してその確認を求めることができる。そして、右訴訟において甲が勝訴すれば、右土地は被相続人の遺産ということになり、乙が勝訴すれば、右土地は乙の所有ということになって、右土地の遺産帰属性に関する紛争は事実上解決されることになる。訴訟法的に見れば、甲勝訴の判決は、甲が共有持分を有することを確定するにすぎず、その取得原因が相続であることや、右財産が被相続人の遺産であることについて既判力が生じるものではないし、乙勝訴の判決は、甲が共有持分を有しないことを確定するにすぎず、乙の所有権を確定するものではない。右のような難点を解消する手段として、特定の財産が被相続人の遺産に属することの確認を求める遺産確認の訴えが認められているのであるが、通常は、共有持分確認の訴えによって、遺産帰属性に関する紛争を解決するという目的は達成されるのである(最高裁昭和五七年(オ)第一八四号同六一年三月一三日第一小法廷判決・民集四〇巻二号三八九頁参照)。このように、共同相続人間における相続による共有持分の主張は、遺産帰属性の主張にほかならず、確定的な共有持分の取得の主張とはその実質において異なるものということができよう。

2  次に、共同相続人甲、乙がある土地について互いに自己の所有であると主張して争う場合が考えられる。この場合には、甲又は乙のいずれか一方が他方を相手方として所有権の確認を求めるか、あるいは、双方が互いに所有権の確認を求めることになる。そして、判決により甲、乙のいずれかの所有権の主張が認められれば、右土地は勝訴者の所有ということになって、紛争が事実上解決される。なお、訴訟法的に見れば、甲のみが所有権確認訴訟を提起した場合において、乙の所有であることを認めて甲の請求を棄却する旨の判決が確定しても、右判決は甲の所有権の不存在を確定するにすぎず、乙の所有権について既判力を生じるわけではないが、実際には、右判決によって乙の所有ということで紛争が解決されるのが通例であろう。右のように甲、乙のいずれかの所有権の主張が認められて紛争が解決する限りにおいては、甲乙間の紛争は、相続や遺産とは無関係であり、相続による共有持分の存否が争われることはない。

しかし、共同相続人間の紛争においては、甲、乙の双方が自己の所有であるとして争っている場合であっても、実際には、甲、乙のいずれの所有でもなく、被相続人の遺産であるということも少なくない。その意味では、財産の帰属をめぐる共同相続人間の紛争においては、常に当該財産が被相続人の遺産である可能性があり、遺産帰属性に関する紛争も潜在的に含まれているという見方もできる。もっとも、右のような場合、甲や乙としては、右土地が被相続人の遺産であれば相続分に応じた共有持分を取得できることは十分承知しており、相続による共有持分では満足しないが故に、自己にとってより有利な単独所有の主張をしているのが実情であり、甲所有か、乙所有か、それとも遺産か、というのが当事者の認識する紛争の実態といってよいであろう。そうであるとすれば、仮に判決において右土地が甲、乙のいずれの所有でもなく被相続人の遺産であると判断されれば、右判決に従って右土地が遺産であることを承認し、遺産分割の手続に移行するというのが当事者の通常の対応と考えられる。例えば、甲、乙の土地所有権確認請求がいずれも棄却され、右土地が甲の所有でも乙の所有でもなく、被相続人の遺産であると判断された場合において、甲が右土地の遺産帰属性を争って乙の共有持分を否定することは、同時に自らの共有持分をも否定することになるのであり、このような判決後の対応をとることはおよそ考えられないといってよく、乙についても同様である。

以上によれば、共同相続人甲、乙が互いにある財産の所有権を主張して争っている場合には、右財産が被相続人の遺産である場合も含めて、判決において双方の所有権の主張に対する判断が示されることにより紛争が解決されるのが通常であり、所有権の主張と併せて予備的に相続による共有持分の主張をしておかなくても、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないということができる。

二  確定判決において示された既判力ある判断(訴訟物に関する判断)について、当事者が後の訴訟においてこれと矛盾抵触する主張をすることを許さないのは、一回の訴訟・判決によって紛争を解決し、当事者に同一の紛争の蒸し返しを許さないためにほかならない。しかし、訴訟・判決による紛争の解決は、既判力ある判断部分のみによってもたらされるのではなく、既判力を生じない判断部分も含め、判決によって示された判断が全体として紛争解決の機能を果たしていることは、共同相続人間の紛争について先に検討したところからも明らかであり、紛争の当事者も判決の右のような機能を前提とし、これに期待して訴訟制度を利用しているものと考えられる。そうであるとすれば、後の訴訟における当事者の主張が前の訴訟の判決との関係で許されるか否かを判断するに当たっては、既判力との抵触の有無だけでなく、当事者が一般的に期待する判決の紛争解決機能に照らし、当該主張が前の訴訟の判決によって解決されたはずの紛争を蒸し返すものか否かという観点からの検討も必要であり、前の訴訟における紛争の態様、当事者の主張及び判決の内容、判決後の当事者の対応及び後の訴訟が提起されるに至った経緯等の具体的事情によっては、既判力に抵触しない主張であっても信義則等に照らしてこれを制限すべき場合があり、また、その反面、既判力に抵触する主張であっても例外的にこれを許容すべき場合があり得ると考えられる。

このような観点から本件の事案を検討すると、前訴においては、重作の共同相続人である上告人、被上告人の双方が本件土地につき単独所有のみを主張して争っていたところ、前訴判決は、双方の所有権取得の主張をいずれも認めなかったのであり、その理由説示によれば、本件土地は重作の所有に属し、同人の遺産であるという判断がおのずから導き出されるところである。このような場合、先に検討したところによれば、当事者双方が前訴判決の判断に従い、本件土地が重作の遺産であることを承認して、遺産分割の手続を進めるのが通常であり、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないと考えられる。にもかかわらず、上告人が本訴において本件土地の共有持分の取得を主張するに至ったのは、被上告人が遺産分割調停において再び本件土地の所有権を主張し、その遺産帰属性を争ったためにほかならない。被上告人は、前訴において、本件土地につき、所有権の確認こそ求めていなかったものの、重作からの贈与による所有権の取得を主張して、地上建物の所有者に対し所有権に基づく建物収去土地明渡請求訴訟を提起していたのであり、右主張が認められず、建物収去土地明渡請求訴訟につき敗訴判決が確定したのであるから、本件土地につき所有権の主張が認められずに敗訴したという点では上告人と実質的な立場に変わりはない。そのような被上告人が、遺産分割調停及び本訴において、前訴で排斥された所有権取得の主張を繰り返し、本件土地の遺産帰属性を争うことは、前訴判決によって決着したはずの紛争を蒸し返すものであり、信義則に反すると言わざるを得ない。他方、上告人は、前訴判決の判断に従い、本件土地が重作の遺産であることを承認して遺産分割の手続を進めようとしたにもかかわらず、右のような被上告人の信義則に反する対応により、紛争の解決に対する合理的な期待を裏切られ、予期していなかった本件土地の遺産帰属性の争いを解決するために、本訴を提起することを余儀なくされたものということができる。前訴の段階では、上告人が被上告人の右のような判決後の対応を予想することは困難であり、遺産帰属性をめぐる争いに備えて相続による共有持分の取得を主張することを要求するのは、酷に過ぎるものといわざるを得ない(なお、本件では、重作の相続人として節子もいるのであり、前訴において遺産帰属性の点も含めて既判力ある判断を得ようとするならば、本訴のように節子も当事者に加えて遺産確認の訴えを提起しなければならないことになろう。)。

右のような諸事情が認められるにもかかわらず、本訴において上告人に相続による共有持分の取得の主張を許さないのは、条理に反するというべきであり、前訴判決の既判力に抵触するものであっても、上告人の右主張は許容されるべきものと解するのが相当である。このように解しても、上告人に同一の紛争の蒸し返しを許すことにはならず、前訴判決との間で実質的な判断の矛盾抵触を来すことにもならないから、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものではない。右と異なり、上告人の相続による共有持分取得の主張が前訴判決の既判力に抵触して許されないとした原審の判断には、既判力に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決は破棄を免れない。そして、本件土地が重作の遺産に属することなど原審の適法に確定した事実によれば、本件土地の三分の一の共有持分に基づいて所有権一部移転登記手続を求める上告人の請求は理由があり、第一審判決のうち右請求を認容した部分は正当であるから、右部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。また、上告人が本件土地の三分の一の共有持分を有しないことの確認を求める被上告人の反訴請求は、理由がないから棄却すべきである。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人井出正敏、同玉利誠一の上告理由

一、 上告人及び福田節子(上告人の長女)において被上告人に対し、本件遺産確認等請求の訴を提起した理由は、上告人および福田節子と被上告人との間において、訴外福田重作(上告人の夫、福田節子および被上告人の父)の遺産に関し、遺産分割調停事件が東京家庭裁判所に係属しているところ(昭和六三年(家イ)第一六六〇号)、被上告人が別紙物件目録記載の各土地(以下、本件各土地という)の登記簿上の所有名義が被上告人になっているのを奇貨として、右各土地は被上告人の所有に属し、福田重作の遺産ではないと主張するので、上告人および福田節子は右各土地が福田重作の遺産に属することの確認を得べく訴提起に及んだものである。

この種の訴訟は遺産分割の前提として提起されるのであるから、相続分に基づく持分の確認としてでなく、当該目的物の帰属につき確認を求めることができ、かつ訴の利益があるものと解されている。

二、 ところが、原判決は、本件各土地が被上告人の所有に属するものでなく、訴外福田重作が生前取得した不動産であって、同訴外人の遺産に属するものと認定したが、上告人については、前訴の判決の既判力により、被上告人に対する関係においては、上告人が本件各土地の所有権を有しないことが確定しているとして、上告人の所有権一部移転登記手続を求める請求を棄却した。上告人はこれを不服として上告に及んだものである。

三、 前訴から本件訴訟に至る経過は、原判決に記載のとおりであるが、前訴とは、原告福田か称(本件上告人)、被告岡野よ称子(本件被上告人)間の東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第一一三二七号土地所有権確認等請求事件外とその控訴審である第一審被告岡野よ称子、第一審原告福田か称間の東京高等裁判所昭和五七年(ネ)第二〇八八号、第二一一六号土地所有権確認等請求控訴事件のことである。

この前訴において、福田か称(本件上告人)は、請求の原因として、同人が本件各土地を昭和三〇年六月三〇日訴外石川資子から買い受け、所有権を取得したが、所有権移転登記は同年一〇月五日同訴外人から岡野か称子(本件被上告人)に対してなされた。しかし、右登記は所有権を移転する意思なく登記上の所有名義のみを被上告人名義にしたものである、というのであった。これに対し、被上告人は、本件各土地は福田重作が昭和三〇年六月三〇日訴外石川資子から買い受け、同年八月二〇日頃被上告人に贈与したもので、被上告人の所有に属すると主張した。

昭和五〇年七月三〇日言渡の前訴第一審判決は、福田か称(本件上告人)の請求を認容したが、昭和六〇年一〇月三〇日言渡の前訴控訴審判決は、本件各土地は福田重作が昭和三〇年六月三〇日訴外石川資子から買い受けて、二女である岡野か称子(本件被上告人)名義にて所有権移転登記をしたものであるとして、第一審判決を取り消して、福田か称(本件上告人)の請求を棄却し、右判決は昭和六一年九月一一日確定した。

四、 しかし、前訴控訴審判決は、本件各土地は福田重作が取得して、被上告人名義にしていたものであるとして、上告人が本件各土地を訴外石川資子から取得したことを認めなかったが、他方では、被上告人は名義だけであって、本件各土地の所有者は福田重作であるとした。しかも、前記判決は、本件各土地を福田重作が訴外石川資子から取得して被上告人名義にしていたことを認定するに止まらず、別紙物件目録(一)の土地につき被上告人が昭和三〇年八月二〇日頃福田重作から贈与を受けて所有権を取得したとする被上告人の主張を認めるに足りる証拠がないとして排斥し、また同目録(二)の土地についても同様の判断をしている。

従って、右前訴控訴審判決によれば、本件各土地は福田重作が生前に取得した同人の所有物であって、同人の死後は同人の相続財産に属すべきものということになる。

以上の事実について、原判決もほぼ同様の認定をして、本件各土地は福田重作が石川資子から買い受けて岡野よ称子名義で所有権移転登記を受けたが、これを重作が岡野よ称子に贈与したものとは到底考えられないとし、「本件各土地は、被控訴人らが主張するように、重作の遺産に属するというべきである」としている。

五、 ところが、原判決は、前訴において福田か称(本件上告人)の本件各土地に関する所有権確認の請求が棄却され、その前訴判決が確定している以上、この判決の既判力により、上告人は被上告人に対する関係においては、上告人が本件各土地の所有権を有しないことが確定しているので、同人が本件各土地につき所有権一部移転登記手続を求める請求は理由がないとして、棄却した。

しかし、前訴において争点となったのは、既述のとおり、本件各土地が福田か称(本件上告人)の所有に属するか、岡野よ称子(本件被上告人)の所有に属するかの問題であり、前訴判決は、そのいずれの所有にも属することなく、福田重作の遺産に属するものとして、福田か称の本件各土地に関する所有権確認の請求を棄却したのである。また、仮に前訴において岡野よ称子から福田か称に対し、請求の趣旨として、本件各土地に関する所有権確認の請求がなされたとすれば、これまた棄却となっていたことは必定である。従って、前訴判決は、本件各土地につき、福田か称が自ら取得した所有不動産であることは否定したが、福田重作の遺産に属するものであり、よって福田か称が本件各土地につき福田重作の妻としての相続権を有することまで否定したものではない。それ故、本訴請求は前訴判決の既判力に抵触するものではない。

六、 これに加えて、本件各土地は福田重作の未分割の遺産に属するものであるから、遺産の分割の結果によっては、上告人の所有に属することにもなり、また所有に属しないことにもなり得るものである。従って、本件各土地は、前訴控訴審の弁論終結時において、上告人の所有に属するか否かは未確定であり、将来の分割の結果によるべきものである。

よって、前訴控訴審判決確定後における遺産分割の結果、本件各土地が相続時に遡って上告人の単独所有ないしは他の相続人との共有になったとしても、右判決の既判力に抵触しない。

本件の第一審判決は、この点に特に留意し、前訴判決により否定された上告人の本件各土地に関する所有権およびこれに基づく所有権移転登記請求権と上告人が本訴(後訴)において請求している相続によって取得した共有持分権に基づく所有権一部移転請求権とは、質において、換言すれば法的性格において、異なるものであるとして、上告人の本訴請求は前訴判決の既判力に抵触しないと結論しているが、これが正当であると思料するものである。

七、 原判決は、前訴判決の既判力の結果、上告人が後訴において前訴判決の事実認定に従い、ないしはこれを援用して、本件各土地が福田重作の遺産に属するものとして、相続に基づく自己の相続分ないし持分を主張することは出来ない、というのであるが、これは実務の実情から見て著しく不合理なものである。すなわち、

(一) 原判決のような理論を前提とするならば、前訴において、上告人は自分が本件各土地を訴外石川資子から買い受けたとする主張事実が認められない場合に備えて、予備的主張として福田重作が生前石川から買い受けたものであるから同人の遺産に属し、上告人は本件各土地につき相続に基づく相続分ないし持分を有する主張をしなければならず、かかる予備的主張をすることなく上告人の請求が棄却となった場合には、既判力により上告人が相続についても実際上失権するということになる。

このようなことは、訴訟の実際からみて、極めて酷な「制度」というべきであり、公正ではないと思料するものである。

本件の前訴のように、第一審において原告(本件上告人)の本件各土地に対する所有権の主張が全面的に認容されたが、控訴審において逆転したような場合には、このことは特に強く言えるものである。

(二) このようなことになれば、前訴控訴審裁判所の措置も、釈明権の不行使、審理不尽の批判を受けることになる。前訴控訴審裁判所がかかる問題について予備的主張の追加を求めることなどの措置に出なかったのは、同裁判所が原判決のような理論を採っていなかったことを物語るものである。

しかし同裁判所の態度は、実務の常道に従ったまでのことであり、原判決の方が「理論」に偏し、実務の常道から乖離していると言わざるを得ない。

八、 これは、本件のような遺産をめぐる相続人間の紛争の場合には、既判力の一般的理論が全面的には当てはまらないことを意味している。

例えば、本件場合は前訴において上告人の請求が棄却されただけであるが、仮に被上告人もまた上告人に対し本件各土地に対する所有権確認の請求を行い、これに対しても裁判所は本件各土地は福田重作の遺産に属する(福田重作から被上告人に対する贈与は認められない)との理由により、請求を棄却した場合を考えると、このことは一層明らかになる。

すなわち、原判決が採った既判力の一般理論によれば、このような場合、上告人も被上告人も本件各土地について所有権を主張することは無論のこと、お互いに相続権に基づく相続分ないし持分の主張も出来ないことになる。そうなれば、もう一人の相続人福田節子が漁夫の利を得て、本件各土地に対し相続に基づく全面的な所有権を主張することができるのであろうか。しかし、これらの結末は、いかにも実情に反したものと言わねばならない。このことは、本件のように、前訴判決において上告人の請求だけが棄却された場合にも当てはまるものである。

九、本件の場合、実際問題として原判決に従って福田重作の相続人間で本件各土地を遺産分割する場合には多くの難点が発生する。すなわち、

(一) 本件各土地が福田重作の遺産に属することは、前訴も原判決も認めるところであるが、原判決判示のように、前訴判決の既判力により、上告人が本件各土地に対する相続権を完全に失ったのか否かについては、未だ問題が残る。既判力という訴訟法上の約束事ないし制度が、実体法上の所有権、相続権などの権利を消滅させたり、発生させたりすることができるか否かについては、古くから議論のあるところであるが、通説としては、実体法上の権利を消滅させたり、発生させたりするものではなく、敗訴当事者が勝訴当事者に対し、訴訟法上権利を主張し得なくなるとされている(承継人等の問題は捨象して考察する)。そうであるならば、本件の場合、上告人と被上告人との間においては、上告人は被上告人に対し本件各土地に対する相続による権利の主張ができなくなったとしても、もう一人の相続人福田節子との関係においてはその権利を主張できることになる。そして福田節子が上告人のこの権利の主張を認めた場合には、どのようにすべきであろうか。

(二) 他方、既判力は実体法上の権利を発生せしめるものでないとするならば、被上告人が本件各土地に対する上告人の権利を取得したことにはならないのであるから、もう一人の相続人福田節子に対して本件各土地について被上告人自身の分と上告人の分とを併せて三分の二の持分を主張し得るのであろうか。

一〇、既判力という訴訟法上の約束事ないし制度は、紛争の蒸し返しを避けることを目的とし、紛争の公正・早期の解決を目指すものと考えるが、本件のような場合に既判力の一般理論を適用すると却って収拾不可能な事態を引き起こすことにもなり、既判力本来の目的にも反することになると思料するものである。

結局、原判決は、相続権の特異性に関する判断および既判力の適用を誤ったものであり、その結果は著しく不合理かつ正義に反するものである。

別紙〈省略〉

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